ラベル 哲学 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 哲学 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年2月16日金曜日

1180.「勉強の哲学 来たるべきバカのために」 千葉 雅也

「勉強」とは何かについての考察です。「勉強」について、いろいろと定義付けています。

読みやすく、読むと刺激を受けますが、結局何を言いたいのか分かりませんでした。

この本は、「裸の王様」のようなものかも知れません。

「よく分かりませんでした」と言うとバカと思われてしまうので、内容を理解できてなくても、頭がよいと思われたいために「面白かったです。勉強になりました」と言ってしまいそうです。

「勉強」というものに注目して考察して論説することに、何の意味があるのだろうかと考えてしまいました。

2017年7月26日水曜日

1202.「日本教の社会学」 小室 直樹、 山本 七平

日本には、独特の思考形式「日本教」が存在し、外国の思想が入ってきてもそのフィルターで日本独特なもの(日本教キリスト派、日本教仏教派)になってしまうそうです。

それゆえ日本はどの外国からも異なる異質の存在というのが主題です。

しかし、読んでいてもほとんど理解できませんでした。著者の2人は知の巨人と称されますが、本書では互いに勝手な持論を述べており議論は深まりません。

名作と言われる本書ですが、私の能力不足のため、結局言いたいことを掴めませんでした。

ただ、分かったことは二人共欧米を礼賛し、日本を否定しているということでした。

2015年8月3日月曜日

692.「人間の生き方、ものの考え方 学生たちへの特別講義」 福田恆存

クリックでアマゾンへ
易しい文章で難しいことが語られます。都度都度思い悩んでしまいました。

「私はいろんな評論を書いていますが、それはタブーをぶち壊すためにやっているだけの話です。」と言うように、根源的な問いかけに対する自分の返答に窮します。

「なぜ人を殺してはいけないのか」
「なぜ人命は尊いのか」
「なぜ侵略戦争はいけないのか」

いずれも即答できないのは、普段からこういう問題を考えていないからです。

本書で、議会制民主主義における「強行採決」ってなんだろうという問いに対する答えに思い至りました。

議会制民主主義というのは、話し合いをやっても通じない場合に多数の意見を採るということです。いつまでも話し合っても議会が空転するからです。

ところが、こんな時には、野党側は審議拒否をするので、与党側は仕方なく単独採決します。すると、新聞は「少数の意見を尊重しない」として、強行採決と非難するのです。

多数決が民主主義であり、負けるからといって審議拒否することはサボタージュです。それなのになぜか議論が尽くされていないとして与党が非難されてしまいます。そうすると、反対者全員を納得させて全員が賛成票を投じないと強行採決となってしまいます。

強行採決とは、負けを認めたくない側が呼ぶ、ただの多数決のことではないでしょうか。

物事の通説を白紙にして、根源的なところから考えることの必要性を痛感しました。