2013年10月2日水曜日

139.「情熱の階段 日本人闘牛士、たった一人の挑戦」濃野 平

20代前半にテレビで闘牛シーンを見た著者は闘牛士になることを夢見る。
3年間、築地にマグロ店で働いてお金を貯め、
28歳で単身で伝手もなくスペインへ渡る。

著者の25歳までの経歴は殆ど触れられていない。
子供の頃に母を亡くし、父が仕事で忙しいため、祖父母に育てられる。
高校時代、大学時代、就活時代は書かれていないので、
無気力な人生を送っていたのかもしれない。
20歳過ぎてテレビ番組を見て、闘牛士になりたいと思うのも
精神年齢が低かったように思える。

しかし、その夢に拘り、3年間お金をためてスペインへ渡ったという
勇気には感服する。
そして、夢に拘りもがき続ける中て、人格的にも成長を遂げた。

闘牛士になる道はとてつもなく険しい。
牛を相手に練習しなければ上達しないというあたりまえの話の中、
実際に牛を相手にする機会は非常に少ない。
牛は15分も練習すると慣れてしまい、マタドールでなく、
身体に突進することを覚える。
そのため、一匹の牛はたった一回しか練習相手になれない。
さらに、スペイン国内の不景気と娯楽の多様化により、
闘牛の試合が減っており、十雨文に練習できるのは
お金持ちの子供だけとなっている。
そうして、沢山のお金を投入してマタドール・デ・トロスに到達しても、
有力な代理人の目に留まれなければ試合の機会に恵まれない。

金もコネもない外国人である著者は、闘牛士デビューに漕ぎ着けるが、
その後3年間も試合に出られなかった。
行き詰まった著者は、悩んだ末、下手をすると闘牛士免許を没収される
飛込み(闘牛士の試合に飛び込み、彼の牡牛を奪うこと)を決意する。

見事飛込みに成功し、スペイン中の注目を集めた彼は、
その後の飛躍が約束されると思われたのだが・・・。

闘牛というスペイン文化に飛込み、成長している姿に刺激をもらいました。