2016年3月14日月曜日

882.「さよなら、ニルヴァーナ」 窪美澄



著者の文章は、やっぱり、上手いなと思いました。人物や風景の描写が素晴らしいです。そして、露骨な性描写が読者の不快な感情を刺激します。人間の日常の嫌なところを掘り下げて描写します。
本書のテーマは、少年Aの事件。タブーとなった事件を題材に、最も不謹慎とも言える、犯人への憧憬を描きます。

少年A、被害者の母、少年Aに憧れる少女を軸にそれぞれの生い立ちから書き起こし、それぞれが何故、そういった行動を取ったのか、明かされていきます。特に、被害者の苦しみを読むと、胸が痛みます。

その一方で、少年Aを題材とした小説を書くという、もう一つの話が進行します。作家としてのあり方、資料集めなどに、著者自身の実態が描かれているように思え、ある種、私小説的でもあります。

「一人称で物を書くのなら、本当にその人が書いたように、読みてに実感させなければ意味がないよ。」
本作は、正にそれを体現しているようです。

「小説を書きたいというのなら、あなたも人の中身が見たい人間なんでしょうね。」
猟奇殺人者と小説家を同じ種類の人間と捉えた見方が興味深いです。両者はともに、「表現者」であり、それが猟奇殺人に向かったのか、芸術に向かったのかの違いに過ぎないということでしょうか。

普通の人間の倒錯を覗き見るようなこれまでの著者の作品とは、同じ臭いがするものの、人間の深淵を追求しようとする本作は、一線を画した作品となっています。

著者のステージが一段上がった、傑作と思いました。