2014年2月6日木曜日

244.「天佑なり 上 高橋是清・百年前の日本国債」 幸田 真音


高橋是清の前半生を描きます。


江戸で徳川幕府の絵師(46歳)と、侍女(16歳)の間に生まれた和喜次は、仙台藩の足軽、高橋是忠の養子に出されます。

10歳の時、藩の命により、横浜で洋学を学び、さらにアメリカへ留学します。彼の地で奴隷とされるも、これを切り抜け、日本に帰国しますが、その時には日本は明治維新が起きた後でした。

是清が特許庁の初代長官であることは知っていましたが詳しい経緯をしることができました。
てっきり、雄藩の藩士の家に生まれ、名誉職として飾りのごとく長官に任免されたものと思っていましたが、全く違っていました。自らの努力と見識で、多くの難題に当っていた人でした。

商標、特許、意匠についても、役人が作った法律ではなく、是清自身が欧米で直接目にしたこれらの法制を、日本の経済発展のために不可欠と起案して、立法したものでした。

また、現在、特許庁が独立した官庁であることも、是清が発明を法定で審議するドイツの制度の問題点から、技術が分かる司法から独立した専門部門で審議すべきと働きかけ、農商務省から独立させたものでした。

失敗も多い人生ですが、失敗から多くを学んで成長していく姿に共感が持てます。